2009年10月 7日
"大阪"はなぜ「笑いの聖地」、と言われるのだろうか?
大阪から他県へ出張などに出た人に「どうでしたか」と尋ねれば、十中八九、返って来る答えがある。その答えとは?
「何か面白い事を言ってとせがまれた」と言う言葉。
確かに突然「さあ今すぐ笑わせてみて」、と言われても困ってしまう。大阪在住だからと言って誰しも持ちネタがあるわけではない。
「会話のテンポが早いので、普通に話をしているだけで面白い」と言う声も確かにあるが、それも相手があってこそ。 誰でも彼でも面白いことを言えると勘違いされてしまうのは、大阪に漫才師が多いからだろう。
が。実際、夜の町に出れば流しの歌手ならぬ流しの漫才師がネタを披露しているが、話を聞いてみれば他府県から来た人間が案外多いのだ。
なぜ大阪でネタを披露するのか。「大阪で鍛えられたい」と、皆一様に言う。ここが登龍門だ、と意気込んで出てくる人も多いそう。
そもそも上方落語は神社の境内や道端などの野外に小屋をたてて、道行く人に面白い話を聞かせたのがはじまり。
腰を落ちつけて聞くのではなく、ぱっと耳目を楽しませる派手さが大阪の落語にはある。逆に言えば、そうしなければ客入りに関わると言うわけ。
現代のプロの落語家さんも関西で公演する際には、「上方ではお客さんから強い期待が感じられますね。爆笑を取らないと......と言う気持ちはあります」と、観客の視線に多少のプレッシャーを感じるそうだ。
大阪は"お笑いの聖地"と呼ばれて久しい。豊潤なお笑い文化に教化され、お笑いに厳しい目線を自ら育ててしまったのかもしれない。
しかし大阪の人とはいえ、誰しもすぐにボケて突っ込めるわけではないのだ。だからみなさんもあまりせがむような事を言わないであげて欲しい。その人を見て少しでもわかってからお願いしてみた方がよいのかも?
トラックバック(0)
http://www.minq-news.com/mt/mt-tb.cgi/2077
